2017年11月10日金曜日

【演奏会報告】第32回真和会箏曲演奏会

前回書いた、3日の三曲演奏会は43歳最後の演奏会。そして4日に44歳になり、5日の真和会箏曲演奏会は44歳最初の演奏会。秋は大忙しです。

ということで、本日は「第32回真和会箏曲演奏会」の様子です。普段大変お世話になっている、新潟市三曲連盟会長で生田流正派の箏曲真和会を主宰されている真田雅晶先生の演奏会です。


今回は特に勉強しました。というのは、この曲があったからです。

真田:「武藤さんは三津山なさる?」
武藤:「いやあ、山田流ではやらない曲ですねえ。」
真田:「私、今回三津山をやりたいのよね。」

真田先生にそう言われたらやるしかありません(笑)
初めての曲、聴いたこともない曲、しかも30分以上ある大曲です。
生田流の縦譜も読めますが、初めての曲なので、とっさの時に判断を誤るといけないので、楽譜を山田流用に書き換えるところからスタート。真田先生に「下合せ」という名のお稽古をしていただいてなんとか間に合いました。


三津山が無事済んで、続いては十八番(おそらく)の中能島欣一作曲「三つの断章」を。


その他に、野村正峰作曲「錦秋」

唯是震一作曲「三絃協奏曲第五番」に出演しました。



演奏終了後は宴会がありました。

はい、お腹いっぱい、酔っ払い。

真田先生と。
酔ったあとのツーショットがあるのですが、私の顔があまりにもパンパンのため、自主規制させていただきます<m(__)m>

その代わりに真和会の皆さんと撮った記念写真です。

最後にプログラムの一部です。



真田先生、真和会の皆さま、有り難うございました。






2017年11月8日水曜日

【演奏会報告】第65回新潟市芸能まつり 第71回三曲演奏会

前回の更新からあっという間に四か月。今更ながら5月にスマホにし、これまた今風にインスタグラムなど始めたため、そっちに気を取られ(笑)、こちらがすっかり疎かになっておりました。
毎度のことながらすみません。

空白の四か月の出来事は追い追い書くとして(おいおい!それ、毎回書いてるぞ。)、とりあえず11月3日の演奏会の報告です。


11月3日は、新潟市三曲連盟主催の「三曲演奏会」。正式には、「第65回新潟市芸能まつり 第71回三曲演奏会 箏・三絃・尺八の響演」です。

第一部は連盟11団体の演奏です。
我が箏曲松濤會は、山田検校作曲「江の島曲(えのしまのきょく)」を演奏しました。
今年は山田流箏曲の流祖山田検校(1757-1817)の生誕260年、そして没後200年というまたとない節目の年。そこで流祖の処女作といわれる「江の島曲」を演奏したわけです。尺八は竹峯会の増井峯庸師。

また今年は子どもたちの舞台を作ろう!ということで、小中学生のお弟子さんがいる団体が合同で一舞台つとめました。
生田流の箏曲蕙香会さんと合同で、私のところにお稽古に来ている小学三年生が出演しました。宮城道雄の「福寿草・吉野山」。そして「さくらさくら」の3曲。お箏を始めて三か月。堂々とした弾きっぷりに将来が楽しみになります。

その他、都山流の好友会さんの助演と生田流の箏曲真和会さんの助演をしました。


第二部は、教えに行っている新潟青陵大学箏曲部の演奏と、各団体の会主の演奏。

都合が悪く出演できなかった学生もいましたが、5名で頑張りました。短大と大学とどちらの学生もいて、実習や授業が忙しく、なかなか全員で合奏する時間が取れないようですが、楽しく、一生懸命弾くことが大切なのです。よくできました!
久本玄智作曲「飛躍」


そして全11団体の会主による「嵯峨の秋」。金屏風に緋毛氈、そして黒の着物。華やかな舞台で千穐楽。

演奏後の楽屋で。箏曲松濤會の本日の出演者で記念撮影。

青陵大学の楽屋へ行くと、待ち受けていたのは・・・
私の誕生祝いサプライズ。楽屋にある黒板に色々と。さすが幼児教育の学生が多いだけある!OGも聴きにきてくれて、プレゼントまでくれました!ありがとね!



2017年7月11日火曜日

リア充な週末

このひと月なんだかバタバタしていたら、前回のブログから一か月以上経ってしまいました。

順次このひと月を振り返っていきますが、とりあえずこの週末の出来事から。

この週末はリア充(初めて使いました、この言葉。)でした。

7月7日(金)
数年前にご縁のあった方のお誘いで、「社会人のための歌舞伎鑑賞教室」にいってきました。国立劇場。以前はしばしば行っていたし、出演もしていましたが、約6年半ぶりの訪問でした。



演目は、『鬼一法眼三略巻(きいち7ほうげんさんりゃくのまき)』の四段目『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』。
大蔵卿は尾上菊之助さん、常盤御前は中村梅枝さん、お京は尾上右近さん、鬼次郎は坂東彦三郎さん、八剣勘解由(やつるぎかげゆ)は尾上菊市郎さん。若手中心のメンバーでした。菊之助さんの大蔵卿、すっきりした中にも安定感と品と色気があって、とてもよかったです。

歌舞伎、テレビではよく観ますが、劇場に行くのは十数年ぶり。やはり演奏もお芝居も直接自分の眼で観て、耳で聴くというのが大切だし、そこに醍醐味があると実感しました。
歌舞伎、もうちょっと安ければな~(笑)

そんな七夕の夜でした。




7月8日(土)
久しぶりにスカイツリーへ。近所から浅草行のバスがあるので、それに乗って横川橋下車。
タワービュー通り、どーーーん。 

暑いけど歩きます。

まだ歩きます。って、そんな距離じゃないのですがね。
はい、さらにどーーーん。

下の噴水には子供たちのはしゃぐ声。仲間に入りたいくらい暑い。

で、これ飲んでクールダウン。テンションアップ。

そんな土曜の午後でした。



7月9日(日)
浅草のほおずき市へ。すごい人出だし、とにかく暑い。
クールダウンしないと。

どーーーん。
今日はビールを控えて、抹茶小豆ミルク。お腹冷え冷え。

まるごとにっぽんのテラスで一休み。
新旧の塔の頭が見える。
浅草寺五重塔の相輪とスカイツリーのゲイン塔。歴史ってすごいね。
ま、浅草寺の五重塔、再建されたのは昭和48年だけどね。え、同い年(笑)

玄関にほおずきぶら下げました。夏がきた。

そんな日曜の昼下がりでした。


週明け月曜日、表で夕涼み。
ビールと枝豆とから揚げを持って。近所の公園へ。
陽は沈み・・・

月が昇る・・・

そんな月曜の黄昏時でした。



さ、今週もがんばりましょう!



















2017年6月6日火曜日

今日は邦楽の日 + 第51回東芳会箏曲演奏会

今日、6月6日は邦楽の日です。

なぜか?

昔から、「6歳の6月6日からお稽古事を始めると上達する」と言われているのですが、こう呼ばれるようになったのは昭和60年から。東京邦楽器商協会(現 東京邦楽器商工業協同組合)が制定したことに始まります。でも、ちょっと調べたら、昭和45年に全国楽器協会が同じ理由で「楽器の日」と制定してました。二番煎じじゃないか!(笑)

お稽古の日とか、いけなばの日でもあるようです。

詳しくはこちらをどうぞ。


さて、おとといの日曜日は、両国にある江戸東京博物館のホールで、「第51回 東芳会 箏曲演奏会」があり、昨年に引き続きお手伝いをさせていただきました。

このホール、15年くらい前に当時師事していた室岡松孝師と一度演奏したことがあります。

ホールの天井にはこんなおしゃれな飾りがあります。

緞帳は珍しい横開き。開き始めてから演奏をスタートするまでが長いです。同じく演奏が終わってから緞帳が閉じきるまでも長いので、お客さんの拍手も大変(笑)

それはさておき、午前11時に始まって、24曲の演奏。終演は午後6時頃でした。
これはフィナーレの曲です。「山河」。この東芳会を主宰されている原田東龍先生の作曲です。箏2パート、十七絃、尺八という構成。原田先生が指揮をされています。

私は4曲出演しました。それ以外は何をしていたかというと、もっぱら調絃。こういう大きな箏の演奏会では、出演者は舞台に上がって弾くだけです。楽器の調絃(チューニング)や、舞台への楽器移動、舞台配置はしません。楽器に関しては楽器店が、調絃は、私のようにいわゆる専門家といわれる人がやります。まず一面調絃し、それを種箏(たねごと)として、他の箏に音を渡して順番に調絃していきます。10面あろうが、20面あろうが、100面あろうが同じです。
演奏会によっては、調絃だけに雇われる時もあるんですよ。
調絃を間違えるとそりゃ大変。幕が上がって演奏が始まったはいいものの、曲が成立しないのです。そして幕が下ろされ、調絃し直して再スタートという場合もあります。幸い私は大きな事故への遭遇はないですね。この調絃という作業はとても気を遣うし、骨の折れる仕事です。ただ、演奏会が終わる前に調絃の仕事は終わるので、一足お先に打ちあがれます。(気分的には、ですけどね(笑))
調絃された箏たちです。

今回は私の演奏写真はありません。その代わりといってはなんですが、楽屋での自撮りを・・・

もう一つ、ここのトイレで撮った画像。トイレットペーパーです。


ネーミングがすごいと思いませんか?

「輝」

襟を正して使いそうになる名前です(笑)



さ、まだ午後2時。学校が終わった6歳の子どもが習いに来ないかな。なんて思いながらのんびりします。









2017年6月3日土曜日

【演奏会案内】第51回 東芳会 箏曲演奏会

明日ではありますが、演奏会のご案内です。

第51回 東芳会 箏曲演奏会

平成29年6月4日(日) 午前11時開演
江戸東京博物館ホール(両国)
入場無料

原田東龍先生が主宰される東芳会の演奏会です。昨年、とある方のピンチヒッターでお邪魔したのですが、今回もお声をかけていただきました。

午前11時に始まって、演奏曲数24曲。終演予定は午後7時ころ。

私は4曲出演します。

午後1時頃
夕顔(菊岡検校作曲)
六玉川(三世鳥羽屋里長作曲)

午後3時頃
寿くらべ(二世山木検校作曲)

午後6時頃
須磨の秋(原田東龍作曲)

他には
飛躍、都の春、向島八景、松風、六段調、椿づくし、ひぐらし、桜狩、須磨の嵐、江の島曲などがあります。

どうぞおでかけください。








2017年5月28日日曜日

会議三昧

今日は朝から会議が二つ。

まず一つ目は、新潟県邦楽連盟の会議。
通常は1、3、7月の理事会と3月の総会、年4回の会議が基本です。しかし、今年は5月にも会議。しかも総会と同じ規模の会議です。
といのは、再来年の平成31年度に大きなイベントが新潟県にやってきます。

国民文化祭

あれ、あまり馴染みがないですか?
国民体育大会(国体)の文化版です。昭和61年度に始まりました。

東京→熊本→兵庫→埼玉→愛媛→千葉→石川→岩手→三重→栃木→富山→香川→大分→岐阜→広島→群馬→鳥取→山形→福岡→福井→山口→徳島→茨城→静岡→岡山→京都→徳島→山梨→秋田→鹿児島→愛知、そして今年は奈良。来年は大分。その次の第34回目が新潟なのです。

(徳島が2回ある・・・ま、それはいいか。)

全国規模の演奏会の企画・運営の経験なんて、そう滅多にないことなので、何がどうなるのか、とりあえず“大変”です。
まず、連盟内の意思統一と結束力を高めるべく、今日の会議が開催されました。

午前10時から、会場は新潟市音楽文化会館の第4練習室。


理事会で検討し始めている事柄を説明して質疑応答。1時間半ほどの会議でした。

そして次は11時45分から。音楽文化会館から歩いて5分くらいの割烹岡田で、東京藝術大学同声会新潟県支部の総会と懇親会。

昨年度の事業報告や1月にあった県支部主催のアカンサスコンサートの反省と次回へ向けての検討など、なかなか盛りだくさんの話し合いでした。


これも1時間半くらいの会議で、その後はお楽しみの懇親会。岡田さんのお料理とお酒に舌鼓。

メニューを知りたい方は、画像を拡大してお品書きをご覧ください(笑)

最後に記念撮影。会員は74名いるのですが、総会に出席するのは毎年だいたい10名弱。今年は、上は90代の大先輩から、若造の40代の私までの9名。お一人は懇親会に参加できなかったので、この写真には写っていません。
ちなみに8名中3名が邦楽、しかも箏。しかも山田流が2名、生田流が1名という、全国の箏人口比率と逆の現象が起きました(笑)

その後、古町通りにあるシャモニーでお茶。とても雰囲気のある喫茶店。どうも私と同い年のようです。テラス席でケーキセット。水出し珈琲です。

そんなこんなで盛りだくさんの一日でした~。



2017年5月20日土曜日

記事にしてもらえるのは有難いのだが・・・

どうしよう、このブログを書いて公開しても大丈夫だろうか。
仕事柄イメージや繋がりは大切だし、マスコミの方々と親しく仲良くしているほうが絶対いいに決まっています。

でもさ、でもね。うーんどうしよう。

えい!やっぱり書いちゃお。

そして新聞関係者の方の考え方や、これに詳しい方からの説明や意見を聞きたい。


この間の日曜日に新発田であった演奏会の記事が今日の「新潟日報」に載りました。この演奏会にスポットライトが当てられて、多くの方がこの記事を読んでくださるという事は、やっているこちらからすると大変励みになるし、とてもよいアピールになるので有難いことです。
一つ前の日記には、演奏会の写真がありますから、そちらもご覧ください!

しかーし、私が気になる所を挙げると・・・



まず、一つめは演奏会のタイトル。
「琴・三弦・尺八演奏会」じゃなくて「箏・三絃・尺八演奏会」なんだよね。

「弦・絃問題」
本当は「絃」なのですが、「絃」という字が当用漢字(常用漢字の前身)になかったから「弦」の字を当てたのです。生田流の正派では「弦」、宮城派は「絃」を、山田流では「絃」が多いかな。演奏者側としても統一されていません。
だからという訳ではないですが、ま、正直どっちでもいいと思うんです。

しかし、「琴・箏問題」はそうはいかない!
これも上記の当用漢字に「箏(こと)」の字がなかったので、読みが同じ「琴(こと)」を当てたことに始まっているのです。だから本来「琴」と「箏」は違う楽器なのです。
「琴」は「一絃琴」「二絃琴」「七絃琴」や、現代では「大正琴」のように、絃に駒(柱・じ)を立てずに指などで絃を押さえて音高を決めて演奏する楽器で、「箏」は柱を立てて、その位置で音高を決めて演奏する楽器のことです。
日本は昔、弦楽器のことを総称して「こと」と言っていました。源氏物語にも「琴(きん)のこと」「箏(そう)のこと」「琵琶(びわ)のこと」とでてきます。
確かに以前の教科書には「箏」を「琴」と書いてありましたが、今どきは学校の教科書にだって「琴」なんて字を使ってないんですよ。
以前、私のことを記事にしていただいた時は、記者さんにそれを説明して、「箏」と書いていただきました。
これね。

これとか。
どちらも同じく新潟日報です。


もう一個。これは某テレビ局のニュース画像。これも箏となっています。
(それ以前に、顔がシュッとしてるではないか!痩せよう。)


もっと言えば「筝」でもなく「箏」なのです。
我々はよく、「草かんむりに争うではなく、ノ・ツのほうの箏です。」と言います。



そして、二つ目は固有名詞。
私の会「松濤会」じゃなくて「松濤會」なんだよね。
ま、これは「會」は旧字だし、固有名詞と言っても、イメージとして「会」ではなくあえて「會」にしただけ。しかも祖母から私がこの会を引き継いだ時に変えただけなので、そこまで目くじらは立てません。
それより、よく「松涛」にしなかったものだと思っています(笑)

「松涛会」「松濤会」「松濤會」
ね、イメージが違うでしょう。


三つ目は、もう失笑するしかない「琴曲部」。
これは抗議したい。

上記の「琴」の曲であれば「琴曲」でしょうね。
でもさ、「箏曲部(そうきょくぶ)」なんですけど。
「生田流琴曲」「山田流琴曲」なんて言葉聞いた事ないですけど。
記者さん、どこで調べて琴曲って書いたの?どこに「西新発田高校琴曲部」って書いてあった?なんて読むんですか?


ヤバイ、書いていてエキサイティングしてきた(笑)

冷静に冷静に。




ちなみに、これが当日配られたプログラム。

そして、市内各所に貼られていたポスター。

一般的によく使われている字とか、読みやすい字、といった基準があるのかもしれませんが、報道には「正確さ」も大切な事ではないですか?
また新聞にこう書かれると、こちらがその字で情報を提供していると誤解されるのではないか、と心配です。
考えすぎだとは思いますが、こちらが「琴」と「箏」の区別を知らないのではないか、と思われるおそれもあり、それは非常に不本意です。

せっかく記事にしていただくのならば、その辺の深いところまで考えていただきたいものですな。

そして、敢えて違う字で記事を書く意味を教えて欲しいです。


それから「和装」という言葉は好みじゃないなぁ。「着物」や「和服」で良いではないか。


~意見には個人差があります~


↑ この注を付けるあたりが、私の気の弱いところであります。

ま、これも意見には個人差がありますが(笑)


最後に、私の芸名は「祥圃」ではなく「祥圃」です。(これは画数の問題ですの)