2011年11月27日日曜日

【日常】 第72回新潟大学邦楽部定期演奏会

私も以前新潟大学に通っていて、この邦楽部に所属していたことがります。そしてこの演奏会にも出ましたね~。もう20年近く前ですが・・・

藝大に入って東京へ行ってからはずっと顔を出せなかったのですが、新潟で本格的に活動を始めて何年かたって、新潟での演奏会にお手伝いに来ている新大(新潟大学の略です)邦楽部の学生さんと話をするようになり、毎年ご案内をいただきながらも行けなかったのですが、今年はやっと時間がとれたので行ってきたのです。

1年生の「六段調」に始まり、「けしの花」「茶音頭」「胡桃の森で」「桜川」「ゆき解しずく」「落葉の踊り」「笹の露」、最後の合奏曲「MIRAI」の全9曲。

どの曲もみんな素晴らしい。そして楽しい。
「笹の露」は、私と仲のいい(と私自身は思っている 笑)3人。箏は部長の高橋君、三弦は大浦君、尺八は大学院の廣井君。大学に入って部活で始めて数年で、よくまぁこの大曲を演奏したもんです。唄もしっかりうたっているし、きちんと演奏している。なんとなく頼もしくみえました。

藝大のようにそれを専門に勉強しているのではなく、教育学部や工学部、農学部に人文学部、経済学部に法学部、医学部に大学院まで、それぞれの専攻の勉強以外に部活としてやっています。
感想としては、とても素晴らしく感動しました。純粋に邦楽が好きで、情熱をもって取り組んでいる。愛情を持っている。その真剣でひたむきな姿が客席に十二分に伝わってきました。そして、これが本来の姿なんだろうなぁ、と。とても爽やかな気分になりました。そして、ずっと続けて大きな力になってもらいたい。

伝統を守っていくためには、いろいろな仕組みや枠組みやシステム(いわゆる邦楽の「家」とか「派」といった封建的な制度)が必要だったし、果たして来た役割は大きかったと思います。しかし、それは、箏を弾きたい、三弦を弾きたい、尺八を吹きたい、演奏を聴きたいという人がいたからこそ。今はそういう人が減っています。なぜだろう。それぞれの組織のトップは原因を考えて、本来の姿を肝に銘じなくてはならないのではないか。本当に邦楽に興味を持つ人を増やしたいのなら、時代に敏感になって、その努力をしないといけない。

いろいろ面倒くさい事も考えたりもしましたが、懐かしさと大学生という若さへの羨ましさ、もうあの時代へは戻れないという悔しさ・・・笑。久しぶりに心が熱くなる演奏会でした。


武藤松圃HP
http://www.symphonic-net.com/mutoshowho/

2 件のコメント:

  1. なぜでしょう。
    松圃先生はなぜだと思いますか?

    私、今ちょこっと考えてみました。
    下手に流行を追ってかっこよさを出すより
    小学校などでの演奏会を増やしてみるのも手かなと思います。

    小学校低学年に見たもの聴いたものって、楽器でも演劇でも
    全て新鮮できらきらしてて、すぐに強い憧れを抱いてしまったように思います。
    本当にその道に進まなくとも、鑑賞したことがあれば、全く知らないより「しきい」は低くなるんじゃないでしょうか。


    私なんかも毎日お経なんて読んでる変わり者ですが、
    琴を弾きたい聴きたいという「変わり者」もまだまだ発掘できると思います。

    松圃先生も時期世代を担っていくリーダーとして現状打破!?突っ走ってください☆

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  2. >atsukolinさん
    難しい問題です。考えはあるのですが、ここで書くと膨大な量になりそうなのでかいつまんで書くと、学校教育・長引く不況といった事から、邦楽を教えている人の怠慢・傲慢といった事でしょうかね。
    小学校はいい考えですね。来年の1月に新潟市内の小学校2校に行って、鑑賞・体験を行う予定です。
    これから更に「変わり者」を発掘する努力を能動的に行っていきます(笑)

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